『月刊群雛』2014年09月号には、インディーズから商業出版を果たした『アニウッド大通り』の作者で、漫画家の
―― まずは漫画『アニウッド
記伊孝(以下、記伊) ありがとうございます。
―― 今回の単行本化は、星海社COMICS担当の山中武さんから声がかかったんですよね。
記伊 そうですね。
(編注:星海社『最前線』編集者ブログに山中武氏へのインタビューが載っています)
―― 山中さんからは、どのような形で連絡があったんですか?
記伊 やっぱりTwitterです(笑)
(編注:このインタビューの依頼も、Twitterで行いました)
―― 公開の場でですか?
記伊 いや、DMです。
(編注:このインタビューの依頼も、TwitterのDMです)
―― 単行本化にあたって、一部加筆と再編集を行っているそうですね。どのように変わるのかが楽しみなんですが、Twitterで苦労されているつぶやきを拝見しました。
記伊 写植を全部入れ替えなきゃいけないんですよ。それが結構大変なんですよね。でもやっぱり(出版社による)写植が入ることで、見え方が変わるというか、本物っぽく見えるというか(笑)
―― 本物っぽくって(笑)
記伊 写植のイメージカラーってあるんですよ。『ジャンプ』特有の写植というのがあって、それを載せると『ジャンプ』っぽくなるとか。
―― ああ、なるほど。
記伊 ちゃんとルビが入ったりとか。マンガっぽい「画面」になるのが嬉しいな、というのはありますね。
―― マンガの写植って、ひらがなが明朝で漢字がゴシックみたいな感じで、結構独特ですよね。
記伊 そうですね。
―― ボクはあとがきマンガ『巨匠と過ごした夏』が大好きなんですが、こちらも完全収録なんですね。五巻の可愛い庵野さんが印象的でした。
記伊 あははは。
父親と息子の二つ視点を、絶対曲げたくなかった
―― ちょっと突っ込んだお話なんですが、記伊さんの漫画家デビューは講談社からですが、仕事の進め方や編集者とのつきあい方は星海社と違いますか?
記伊 (星海社さんは)作品自体にはノータッチなんですよ。出来上がったモノを評価して頂いたという形で。そうでないとたぶんこの作品は、形にはならなかったと思ってます。打ち合わせをしていたら、この形にはならなかったでしょう。変わってしまうというか、意図しないというか……絶対にこの形にはならなかったと思うので、出来上がったモノを評価して頂いたのは、すごくありがたいなと思ってます。
―― あ、そうか。雑誌連載だとネームを切って、編集者さんと打ち合わせをして、という形ですよね。
記伊 否応なしに雑誌(のカラー)に合わせなきゃいけないという宿命があるので、その時点で今回のような作品は無理だったと思います。今だったら分からないですけどね。当時は絶対これは無理だろうと思ってました。
―― そうなんですね。
記伊 どういうわけか、父親と息子の二つ視点で進めたいな、というか「これしかないんじゃないか?」と思い込んでしまって。そこだけは絶対曲げたくなかったんで、だから打ち合わせとかそういうのはせずに書いてしまおうと。
―― 確かに、アニメ監督の父親視点と、息子視点と、各話ごとに違ってますよね。
記伊 職業モノにするにはまだ早いと思ったんです。このテーマで職業モノにして載せられる雑誌は、まだないだろうと。
―― あ、そうなんですか。
記伊 うん、年齢がどうしてもちょっと上になっちゃうんですよね。演出家になるっていう時点で、三十歳オーバーくらいになってしまうんで、そうなるとどうしてもちょっと主人公として「おっさん」でどうなんだろう? という感じで。成人誌とかだったら別なんですけど。ああいうところは逆に、レベルも高いというのがあって。だからそういう職業モノにはしたくなかったんですよね。
―― なるほど。この作品って、1980年代後半くらいを舞台にしていますよね。ボク自身読んでいて、子供の頃の原風景というか、すごい身近に感じられたんですよ。団地の描写が、なんか生々しくて。
記伊 あははは。そうやって言って頂けると、非常にありがたいですね。
―― あ、この光景どこかで見たことある! っていう懐かしさがあります。
記伊 知ってることだけで描いてるんですけどね。それが一番「嘘がない」というか。
―― そうすると、打ち合わせで星海社さんに行ったりってことは、滅多にないわけですか。
記伊 そうですね、今やってる表紙のデザインなんかは「こうした方がいいんじゃないか?」とかはあるんですけど、それも(こちらから)全部出した上で「こういうふうにした方がいい」みたいな感じなんで、最初からこう、打ち合わせをするとかそういうのはない感じですね。ただ、それがいいのか悪いのかは、まだ分からないんですけどね(笑)
今はとにかく描いていることが面白くて仕方がない
―― 次に「インディーズ時代」と敢えて言わせて頂きますが、その頃についてお聞きします。『アニウッド大通り』第一話(旧)を2012年10月3日にpixivへ投稿され、加筆版を2013年2月11日にニコニコ静画(マンガ)へ投稿されています。そもそもこういう形での活動をされるようになったきっかけは何だったんですか?
記伊 (当時、出版社の編集者と)打ち合わせをしてるうちに、なんかどんどん……単純にその時、自分の力がなかったというのもあるんですけど、疑問ばかり自分の中に溜まっていって。何か「違うんじゃないか」「違うんじゃないか」という思いがすごくありまして、最後に爆発するように「全部やめた!」って。
―― ええっ?
記伊 引っ越しもするし、全部モノも捨てるし。一回「全部放り出してやる!」っていう瞬間がきまして、そこからすごく楽になったんですよ。もう何も考えない、ただ描けばいいや、って。アテもなく描き始めたって感じなんです。
―― 打ち合わせ、というのは講談社さん?
記伊 いや、他にもいろいろ回っていて、ですね。
―― ネームを片手にいろいろ回られていたわけですか。
記伊 雑誌に合わせるとか、流行りに合わせるとか、そういうのやってたら頭がおかしくなってきちゃって。何をやってるんだか、よく分からなくなっちゃったんですよ。だから、一回そこから逃れないと、自分はもうダメになっちゃうだろうな、って思ったんです。
―― 今は(雑誌以外にも)いろいろ表現する場がありますもんね。
記伊 そうですね。ただその頃はまだ、KDPとか存在も知らなかったんで、ほんとに何も考えてなかったんですよ。何とかなるだろうっていう(笑)
―― それはそれで凄いですよね。
記伊 ただ、この企画は「面白い」んじゃないかと思ってたんで。何かあるんじゃないか、って。どこかに響いてくれりゃそれでいいかな、って感じでしたね。
―― なるほど。
記伊 とにかく、(打ち合わせで)編集者さんと一対一だと、それだけなんですよ。もしかしたら、自分のマンガを「面白い!」と思ってくれる人がいるかもしれないのに、それすらも試せないんで。だから「何やってるんだろう?」って感じだったんですよね。
―― 実際、pixivやニコニコ静画(マンガ)に公開されて、ダイレクトにユーザーからの反響が来るようになったわけですよね。そういう中で、他にも手は無いか? という形でKDPも利用し始めたわけですか。
記伊 そうなんです。(公開していれば)どこかから声がかかったりするかな? って考えてて、実際いろいろお話は頂いてたんです。でも、実現に繋がるものはなくて。
―― そうだったんですね。
記伊 とにかく描いていることが面白くて。描いてりゃ何とかなるんじゃないか? っていう感じがしてたんですよ。
―― おお!
記伊 で、あとは迷わず突っ走る感じで。そうしたら、その先にKDPがあったんです。
―― 凄いですね。「描いていることが面白くて仕方がない」か。そこがストレートに原動力になっていたわけですね。
記伊 それがずっと味わえなかったんですよ。だから今は面白くて仕方がない。
ネットへ出ていったら「こんな世界があったんだ!」という感じだった
―― そういった動きとは別に、昨年9月に『Jコミ(現:絶版マンガ図書館)』へ『犯罪交渉人・峰岸英太郎』を公開しています。その辺りの経緯も詳しく教えて下さい。
記伊 実はTwitterを始めたのも『アニウッド大通り』を描き始めてからなんです。「宣伝力が欲しい」と思って。で、せっかく過去作があるんだから、何かもっとアピールしたいな、と思っていたんですよね。そうしたら運良く、赤松先生からお話を頂けて。
―― 赤松先生の存在って、やはり大きいですよね。
記伊 そうですね。ほとんどネットの世界としても、僕は死んでいたんで。存在していない人間という時間が、ずっと長く続いてたんですね。ようやく顔を水面から上げられたって感じで。
―― 赤松先生からお声がけがあったんですね。
記伊 (Twitterを始めて)人脈が広がっていくうちに、赤松先生とお話することができて。
―― Twitterの漫画家先生繋がりって、すごいものがありますよね。
記伊 そうですね。ほんとに、僕は引きこもりみたいな漫画家で、誰とも交流がなかったんです。でも自分が(ネットに)出ていったら、話しかけてくれる人がいっぱいいて。「こんな世界があったんだ!」という感じですね(笑) すごく嬉しかったです。
―― 今年に入ってからKindleストアでの販売を開始されたわけですが、四巻には「非商業だけど(意外と)売れてます」とありました。例えば鈴木みそ先生のように、具体的な数字を公表するというのは……?
記伊 まだまだぜんぜんお話にならない状態なんで(笑) ただ、出せば有料マンガランキングで三十位以内には入れたりするんで、この活動としてはいい方なんじゃないかな?
―― マンガボックス・インディーズにも挑戦していましたが、かなり苦労されたみたいですね。
記伊 そうですね、読者層の違いってのもあると思いますけど……あれもよく分からないんですよね。一枚分割で閲覧数が上がっていくシステムなんで、僕の作品みたいに三十数ページが一つになってると、総閲覧数では敵わないんで。よく分からないなって感じでしたね。またでも、宣伝のために載せようとは思ってます。
――マンガボックスみたいなアプリって、単純に閲覧数だけではなく、どのくらいの時間読まれてるとか、何ページ目まで読まれてるとか、いろいろデータは取ってらっしゃるみたいですけどね。
記伊 まあ、読者を選ぶ作品なんで、その辺りはぜんぜん腹をくくってます。とにかく出会えれば、って感じですね。出会うためには閲覧数が必要だし、っていうジレンマがあります。
―― いろんなところに露出しないと、ってのはあるかもしれないですね。
記伊 最近ちょっと、あまり頑張ってないんですけどね。また攻勢をかけようと思ってます。
―― このインタビューは『月刊群雛』の巻頭に載りますんで、誰でも読める試し読み部分に入ってきます。それが記伊さんのアピールに繋がればいいなとは思うのですが。まだ小さなコミュニティですけど。
記伊 でもやっぱり、文章畑の作家さんと知り合いになったりすると、こういうところに自分が本来出会いたかった読者さんがいるんだ、というようなのがありますね。甘えかもしれないんですけど、すごく嬉しいんですよ。やっぱり「届けたい」ところへ届けたい、という作品なので。誰にとっても面白いモノを作ろう、というのではないんです。
―― はい。
記伊 あと、しがらみがないからいいな、ってのはありますね。
―― 「楽しい」が一番ですよね。
自分で萎縮しちゃうのが一番面白くない
―― ちょっと気になってることとして、ニコニコ静画(マンガ)とpixivに掲載していた『アニウッド大通り』は、一部を除いて取り下げてますよね。KDP版はどうなりますか?
記伊 そのまま販売し続けます。すごく楽しみなんですよね。どういう売れ方をするのか、とか。収録不可能な話もあったりしますし(笑)
―― あーなるほど。なんとなく想像がつきます。一緒にお風呂に入ったりするシーンが、商業だと難しいのかな? とか。どうなんでしょうね?
記伊 そういうのも全部、後で決めてもらうって感じだから、すごく楽しいですね。「これはダメだろう」「あれはダメだろう」って自分で萎縮しちゃうのが一番面白くないんで。「あ、これダメなんです」って、(後から)言われる方が楽というか。そっちの方がいいですね。
―― 確かにそうですね。最近、連載が決まっていた漫画家さんがデビュー寸前で取りやめになっちゃったりとか、そういう話が目につくようになってますよね。
記伊 脳細胞が死んでいく音が聞こえるというか、どんどん塞がれていく感じがするんですよね。「アレもダメ」「コレもダメ」ってなっていく感じがあって、ほんとそういうの自分でもダメだなって。もっと自由に発想できないと、ほんと楽しくないっていう。
―― 創作活動ってそういう部分が大事ですよね。「アレもダメ」「コレもダメ」って萎縮しちゃうと、どんどん小さくまとまっちゃうというか。
記伊 「いったいどこまでやっていいんだろうか?」というのを知りたいですからね。やってみてダメだったら「あ、ダメだったんだ」ってことなんで。それを知らないで「ダメだ」って言われるのが、我慢ならないんですよね。自分で描いてみて「あ、反応ないな」って話も、やっぱあるんですよ。そういうのも、やっぱ知らないと気が済まないという感じで。知ってみることで、編集者さんが言ってることは、こういうところが正しいんだな、とか。それを本当に、ちゃんと知りたかったんです。
―― 生の声が聞こえるようになったことで、いろいろ自分でも試せるようになったってことですかね。
記伊 そうですね。
―― そう考えると、本当にいい時代になったってことですよね、商業媒体しかなかった頃に比べたら。例えば『あにめたまえ!天声の巫女』のRebisさんが、クラウドファンディングを使って、商業流通ではなく同人流通で本を出されますよね。あれもまた、一つの手ですよね。ボクも自分で『月刊群雛』をやってる身ですけど、こういうことができちゃう時代というのが、ほんと面白い。
記伊 願わくば、ちゃんと届いて欲しいですね。自分としても、こういう活動が自分のアイデンティティになるだろう、と思ってやっていたので。そういうのはほんと、最大限使っていかないとな、と。
商業じゃないから、どこまで創作の根源に到れるかが試せる
―― ではそろそろ、インディーズで頑張っている他の方々へ向けて、メッセージをお願いします。
記伊 うーん……何だろう。やっぱり、作り手が「創作の真髄」みたいなものを知らないといけないと思うんですよね。今って何か、ここから上くらいまでしか知れないというか、できていないというか。もっと根本から考えられるはずなんですよ、根っこから。ただ、そういう機会が、今って得られないんです。商業的に考えないといけないってのがあって。根っこから違うものを作ることは、なかなかできないんで。「創作って何だろう?」ってのを知ってる人が居て欲しい。それがインディーズでやる醍醐味じゃないかな? って。
―― 創作の真髄ですか。
記伊 もう理論ができてるじゃないですか。「こうやったら売れる」みたいな。
―― 方程式みたいな。
記伊 ええ。それは本当なのか? って、そういうことにすら疑問を持って……根源にどこまで到れるんだろう? みたいなことを試さないと、僕は楽しくならないと思ってるんで。失敗や犠牲もあるんですけど、そこからしか生まれない面白さみたいなのがあるんじゃないかな?
―― 混沌というかカオスというか、ドロドロになった中から
記伊 やっぱ、演出塾に通っていたというのもあって……高畑(勲)さん、宮崎(駿)さん、両氏は根っこからくるんですよ。根っこから「これは正しいのか?」とか。根っこが違う、っていうか。セル画はいまこうなってるけど、それは正しいのか? ってことを常に考えている人たちなんで。一回そういうところから、考えたいんですよね。あんまり人の言いなりになりたくない、というか。「本当なのか?」というのが知りたい。
―― それが試せるのも、インディーズならではですね。
記伊 そうですね。生意気かもしれないですけど、そういうのって価値があるんじゃないかなって。
―― では最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。
記伊 読者を選ぶ作品なんですけど、でもそれが面白くない? ってのを問いたいんです。自分も、そういう作品が読みたいんですよ。自分は精一杯、自分に対し嘘をつかない作品を描いているんで、それを面白がって頂けたらいいな、と思います。まず自分が本当に面白いと思えることを追求していきたいですね。
―― 本日はどうもありがとうございました。
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