島田梟『読心術の達人』作品情報&著者情報(『月刊群雛』2016年08月号掲載)

作品情報&著者情報
『月刊群雛』2016年08月号

『月刊群雛』2016年08月号には、島田梟さんの小説『読心術の達人』が掲載されています。これはどんな作品なんでしょうか? 作品概要・サンプル・著者情報などをご覧ください。

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作品概要

 彼は読心術の達人。人の心が手に取るようにわかる。今日も教え子がひとり、相談にやってきた。達人はその該博な知識を駆使して、青春の苦悶に全力で応える。

―― 角砂糖は左手で入れなさい

読心術の達人

「カップを持つ手が震えているね。さては、悩み事かな? いや、何も言わなくてもいい。この店に入る前から私にはわかっていたよ。神経質にネックレスをいじっていたのが、その証拠だ。ただ確信を持ったのは、さっき君が、いつもなら左手で入れるはずの角砂糖を右手で入れた時だったね。大人になるなら、今度からは左手を使うようにしなさい。ま、年寄りくさいお説教はこのくらいにして、と。私の目を見て。じっと見るんだ。こらこら、伝票に目をやってどうする? そうやって視線をそらす行為は話相手によからぬ想像を掻き立てさせてしまうよ。さあ、恥ずかしくないから……なるほど、失恋。そうだね? 眉間にシワが寄ったところを見ると、やはり図星! 恋のひとつやふたつ、したっておかしくない歳だものなあ、君も。近頃の君の顔ときたら、まさに石田波郷の『バスを待ち大路の春をうたがはず』を地で行ってたよ。もっとも、自分ではそういった些細な変化に気がつかないものだが。人生に別れはつきものとは言え、こんなかわいい子を手放してしまうなんて、いったいどんな男なんだろうか? 私はあくまで、観察した事象から答えを導き出す人間であり、憶測という、前近代的かつ下世話な思考は厳に慎まなければならない。しかし、手がかりは、ある。そう、君だ。ぐっと私を見据えるその目。察しがいい、実にいい。さすが私が見込んだ女性だ。ここから話はちょっと長くなるよ。唇が乾いているなら、なぜコーヒーを飲まない? ここは、お代わり自由だということは知っているだろう? ……さて、と。君が好きになりそうなタイプを当ててみせよう。チャラチャラした男はだめだろうな、趣味嗜好が合わない。金に対する執着もない。顔はハニワや真実の口でさえなければ問題ない。君は精神的充足を第一に求めるからね。いや! わかるとも! 色白の肌、染めようと考えたこともないボブカットの黒髪、袖がよれよれになった白地のセーターにグレーのロングスカート、そして銀縁の丸メガネ。広く世間に、『私はインドアでございます』と高らかに宣言しているようなもんじゃないか。性格はもちろん内向的、社交にも疎い。そんなお嬢さんは交際相手にも自分と同じ気質を持っていて欲しいと思うものだろうか? いや、それはなかろう。性転換したクローンと一緒にいたって仕方がないからね。本来の君は、多くの人と接して、明るくなれればと願っている。君の彼氏だった男は、本や絵や漫画に興味はあるが、根っからのオタクではなく、交友関係に偏りもない。その点ではバランスがとれている。美術館や博物館に、デートで行ったんだろうね? 手もつないだんだろう。そうそう、そんな風に、手にぎゅっと力をこめて。楽しかった頃の思い出に浸るのは悪いことじゃない。君とそのボーイフレンドとの時間はそれだけ掛け替えのないものだったんだ。けれども、若い二人に破局が訪れた。切り出したのは、彼氏のほうだ。ああ、お願いだから、そんな恐い顔をしないでくれ。真実は常に痛みを伴う。良薬は口に苦し。私もちょっと、コーヒーで落ちつくとしよう。……ふう、ブラックは頭をスッキリさせるね。きっとこうだったんじゃないかな、別れ話の始まりというのは。何気ない調子で、まるで時候の挨拶のように、君は無防備なまま、いつもと同じように楽しくおしゃべりする。ところがどうだ、彼の顔は段々暗くなって行く。重苦しい空気がただよい、会話の糸は自然に切れる。この先のやりとりを、忠実に再現するのは差し控えておこう。教え子の名誉を踏みにじる以上に、下品なことはないからね。だから手短に、要点だけ。彼は変えられると思ったんだ、何事につけても奥手な君を。すこしずつだが物怖じしなくなる君を見て、彼は手応えを感じた。

引用出典:『鶴の眼―石田波郷句集』(一九九六)石田波郷 邑書林

※サンプルはここまでです。

作品情報&著者情報

島田梟(しまだ・ふくろう)
島田梟(しまだ・ふくろう)

―― まず簡単に自己紹介をお願いします

 今月号が初参加の梟です。
 ボールを見送り続けて数ヶ月、自分の作風と『群雛』のポップな表紙が果たして合うのかどうか、(ほんの少し)悩んでいましたが、「まあ合わなくてもいいか」と考えなおし、ようやくバットを振ることにしました(別に野球好きではありません)。

―― この作品を制作したきっかけを教えてください

 心が読めるようになったら、他者とのコミュニケーションのあり方はどうなってしまうのだろうか。それを真面目に考えた結果、この小品が誕生しました。

―― この作品のターゲットはどんな人ですか

 ひねくれた話が好きな方に。あとは身近にちょっと面倒な男性がいる方にも。

―― この作品の制作にはどれくらい時間がかかりましたか

 およそ十日間。手書きの原稿をワードに写したので無駄に時間が掛かっています。

―― 注目している作家またはお気に入り作品を教えてください

 ロレンス・スターンの『トリストラム・シャンディ』。思いつく限りの「おふざけ」を全て詰め込んだ、下らないけどすごい、すごいけど下らない傑作です。

―― 今後の活動予定や目標を教えてください

 年内に長編を一本仕上げること。
 以前書いた作品はこちらに。
http://www.amazon.co.jp/-/e/B01EUOHF2W

―― 最後に、読者へ向けて一言お願いします

 夏という季節も、テーマの「怖」も無視してしまい恐縮ですが、「しゃべりまくるおじさんって、ある意味ホラーだよね?」ということで勘弁してください。
 俺たちインディーズ作家の挑戦はまだ始まったばかりだ!

島田梟さんの作品が掲載されている『月刊群雛』2016年08月号は、下記のリンク先からお求め下さい。誌面は縦書きです。

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