Kindleストアのセルフパブリッシング(KDP)で年間1000万円を稼ぎ、大きな話題になった漫画家・鈴木みそさんへのインタビュー、後編です(約1万字)。前編はこちら。
電子で出したら大当たり!なんて「ない」
―― 『電子書籍で1000万円儲かる方法』の中で、うめ先生が「端から見ると、結局知名度がある人しか売れていないように見えるだろう」と書いてましたが、これって正直、多くの人が感じていることだと思うんですよ。
鈴木みそ(以下、みそ) そうでしょうね。
―― まだ無名の作家からすると、うらやましく感じられるのも当たり前の話。でもその知名度は、みそ先生がこれまで苦労して積み上げてきたものです。そこへ辿り着くには、やはり地道にやるしかないんでしょうか?
みそ 何かが普及するまでには、いくつか段階があると思うんですよ。この先、電子書籍が紙と同レベルで普及したら、たぶん紙の書店とよく似たものが売れるようになると思うんです。まだマイナーな人やマニアックな作品でも電子で売れてるのは、普及にムラがあるからじゃないかと。先駆者的なユーザーが買ってる媒体だから、そういうものが望まれているだろうと思うんですよ。そこにチャンスがあった。僕の漫画はそこにウケていった。「実績がないと売れないよね」というのは、どこでもそう。たまに実績なくても売れる人もいるけど、普通はつまらない本が書店でいきなり宣伝もなしで売れないですよね。
―― 難しいですよね。
みそ でも、マニアックな本を大手の書店がすごい勢いでプッシュしたら、そこだけで売れる本は存在するかもしれない。そういう意味で電子書籍と一般の書店とは、いまはまだぜんぜん違うランキングになってますよね。これ、初期の揺らぎというか、バラつきなんだと思うんですよ。電子書籍のパイが大きくなっていったら、電子書籍のランキングも書店ランキングによく似た、一般人の好むランキングの形に収斂していくような気がするんです。そうすると、新人が出やすいか出にくいかというのは、紙と同じだろうなと。
―― ふむふむ。
みそ 実績のない新人がいきなり単行本出しても、そうそう売れないです。やはり雑誌で連載しながら、雑誌の読者に受け入れられつつ、描き続けることが必要になる。そうすると、半年から1年で一気に上手くなるんです。2巻、3巻あたりでものすごく面白くなって。そういう離陸がうまくできた作品は、書店で売れますよね。そういう人たちが電子で出てくるようになれば、もちろん電子でも売れる。でも、これまで何度も雑誌の新人賞に応募したけどぜんぶ落ちてきた人や、いろんな出版社にたくさん持ち込みしたけどすべて蹴られた人が、電子で出したらはい大当たりー! なんてことは「ない」ですよ。
―― はい、分かります。
みそ 「これは面白そうだ」と勧めるキュレーターがいたとして、どの程度売れるか。そこが特殊層であることは間違いなくて、そこへ受け入れられるといきなり1万部くらい売れる新人が出てくるかもしれない。そういう可能性はありますね。
―― どこまでユーザーに電子書籍が普及するか次第ですね。
みそ 「表紙買い」的に電子書籍1部くらいだったら買うよとか、この人が勧めてる本は面白いからこれもいきなり買っちゃうというのが、去年の方がまだあった気がしますね。いま、例えば先週(※インタビュー時点)から、KADOKAWAが50%オフやってるじゃないですか。あれのおかげで僕の『ナナのリテラシー』2巻は、それまでかなりコンスタントにいってたのがスコーンと落ちてしまったんです。
―― ああ、大手のプロモーションと重なっちゃうと、目も当てられないですよね。
みそ 集英社・講談社・小学館……いろんなところが面白い作品を、安く投入してきてますよね。いよいよ目立ちにくくなってきている。それは、漫画を電子で読むのが当たり前になってきてるから。当たり前に普及して書店にある本とそんな遜色がなくなってくると、マイナーな作家や、いま一つ名前が売れてない新人に、「電子だからワンチャンスあるよ」というのも少なくなりますよね。でもパイが大きくなる分だけ、一度売れたらでかい。『進撃の巨人』だって、新人じゃないですか。
―― そうなんですよね。
みそ それが爆発的に流行ってる。パイが大きくなるほど、そういう可能性は大きくなるわけですから、どっちも似たような感じかな。プラスとマイナスがあって、押し引きしてますね。そして、売れる人はより売れて、売れない人はぜんぜん売れないという二極化は、パイが大きくなるほど進んでいきますよね。
―― ただ、ネットの普及によってツイッターやブログを使い、自分でプロモーションすることが可能になったわけですよね。『電子書籍で1000万円儲かる方法』の中で、うめ先生が「みそ先生が成功したのは、ブログをマメに書いてたからだ」っておっしゃってましたけど、まさにその通りだと思うんですよ。
みそ 立ち上げる瞬間って、やっぱり何かが必要なんですよね。たまたま僕はKDPを代表するようなところに偶然入り込んで売れた。だからその後に、どんどんいろんな作家が続いて欲しいし、まだいけると思うんですよね。桜玉吉先生とか、やったら売れると思うんですよ。
HENTAI文化圏だからしょうがない
みそ 一時期、山本直樹さんに「森山塔」(成人向け漫画のペンネーム)の作品をKDPで出そうよって誘ってたんです。ところが難しいのは、Kindleとエロの問題。外国の基準ですからね。あれ、楽天Koboだったらいけると思うんだけど。
―― わははは、Koboならエロいけますかね?
みそ いけると思う。あ、でもみんなが社内で英語しゃべっているような会社だと、厳しいのかな?
―― アップルはまずダメですよね。
みそ ダメですね。アップルもKindleも、ダメだと思うんですよ。でも日本の電子書店だったらいける。
―― 日本の電子書店は、作家個人が直接出すのが難しいという問題がありますよね。
みそ 作家としてはいろんなものを試したい。例えば漫画って、エロがすごい大事じゃないですか。それは、赤松先生もさんざん言ってるんですけど。
―― パピレスの「Renta!」って女性ユーザーが多くて、エロが強いんですよね。
みそ もともと電子書籍ってガラケー時代に、夜中に真っ暗なところでも読めるってところで、ものすごく進んできたところがあるじゃないですか。
―― ケータイ小説、ケータイ漫画、スマホ小説、スマホ漫画。あの辺りってみんな、中心は女性ユーザーなんですよね。BL好きな人たちが、コアなユーザー層を形成していたり。
みそ そうそう。だからBLを一つまとめてちゃんと見えるような、フランス書院文庫みたいなのを立ち上げて、電子でばらまいていくと。すごくおしゃれにして分かりやすく簡単に使える、というのを女性編集者が立ち上げて始めちゃえばいいと思うんですよね。
―― でも、Kindleやアップル、グーグルもエロは規制されますね。『少年ジャンプ+』はウェブと、AndroidアプリとiOSアプリで出してますけど、『ToLOVEるダークネス』で胸を触ると揺れるギミックを仕込んだら、AndroidとiOSは消えちゃったという。
みそ ダメなんだ(笑)
―― ダメみたいです。もう、ダメだって分かっててやってると思うんですけどね(笑)
みそ 面白いと思うんだけどなあ、そういう仕掛けをどんどんやってくと。ソニーの「女の子と一緒に部屋で見る」だけのやつ(※編注:PS4用没入型VRヘッドセットのデモソフト)があんなにバズるのも、日本人の感覚としては分かるんですよね。あれこそが、日本の目指すポイントなのに。でも、キリスト教圏はあれを怒るんだよね。
―― VHSがベータを追い抜いたときのようなパワーが。
みそ そう。ローマ字の「HENTAI」ってカテゴリを思い出しますよね(笑)
―― HENTAI文化圏(笑)
みそ それはもう、しょうがないんです。HENTAIだから(笑)
ケータイコミックは面白いギミックだった
―― そういえば「トキワ荘プロジェクト」のウェブサイトで、みそ先生の名前を見つけたんですが、後進の育成にも興味をお持ちなんですか?
みそ あ、もちろん興味ありますよ。新人が出てこない領域はダメですよね。
―― 魅力がない分野には、新人が入ってこないですもんね。
みそ やっぱ、どんどん新人が出てきて、子どもたちも読むという、業界全体が続いていくことがやっぱ大事なんだろうなと思ってます。そうしたら、自分が描いた作品が20年後、30年後でも、普通に読まれるかもしれない。だけど、それがただ浮世絵のように消えてしまったら悲しいですよね。
―― そうですね。
みそ 漫画って、1ページを分割してそこに時間の概念を入れて読ませていくわけですけど、読み慣れれば面白い作りなわけですよ、没頭度も高いし。で、安く作れる。1つのコマに1つの絵があって、1枚ごとに大きさをやリズムを変えていくことによって、読んだ人の頭の中で動いているように “見せる” という漫画の手法は、一つの発明なんですよ。これが動いたり、音が出たりするようにすると、それなりにまだ作るのが面倒くさいし、お金もかかる。ただ、初音ミクが歌って踊る動画が1人で作れるみたいに、漫画ももっとエンジンが発達して、いまよりもっと簡単に作れるようになるかもしれない。
―― 「コミPo!」みたいなツールが、もっと発展していく可能性はありますよね。
みそ そうそう。ケータイコミックも1つの文化として、悪くなかったと思うんですよ。あの小さい画面の中に1ページを無理矢理入れるより、コマごとに切って、動いたりするってのは、すごい発想だったんですよね。あれ、このまま消えてしまうのは惜しいんで、またどこかで復刻されればいいのにと思ってるんですけど。
―― あれって実は、hontoで生き残ってるんですよ。でも、iPadで見ると、こんな感じになっちゃうんです。
みそ あーそうなんだ。(画面を見て)うわ……これは……最適化しろやって感じですね。これってリーダーの出来の問題でしょ?
―― そうですね……たぶん、フィーチャーフォン向けに小さい解像度でデータを作っちゃってるんで、いまさらコストかけて作り直せないってのはあると思います。
みそ それって例えば、iPadの中でバーチャルの「ゲームボーイ」を動かすみたいな話でしょ? 本来の解像度は小さくても、画面に合わせて拡大して欲しいよね。ドットが荒く出ちゃうのは仕方がないけど。その辺りはプログラムの仕事だよなあ。
―― 見せ方の問題ですよね。iPadの画面解像度のまま320×240ドットを表示したら……。
みそ そりゃショボいよね。原寸で出してどうすんねん、っていう(笑)
―― 倍でも小さいくらいですよね。
みそ ですよね。でもまあ、ケータイコミックは面白いギミックだったから、いいと思うんです。従来型の漫画手法はこれから先も残っていて欲しいけど、変化もあっていいと思う。
―― NHNの「comico」は、縦スクロール型ですね。
みそ ありますね。でも、縦スクロールに特化したら紙にできないし、紙の前提で描いたら縦スクロールの魅力も半減するし。難しいところですよね。
―― 単行本にするときは、なるべく不自然にならないように加工してるみたいですけど、転換はすごく難しいですよね。もしかしたら、書店に巻物が置かれるようになるかも(笑)
みそ でも、紙をこうやって綴じて本にして重ねて置くってのは、巻物よりスペース的には絶対良いわけですよね。そんな特殊な本を作ってもなあ(笑)
もっと雑誌に色があってもいい
―― 私が編集長をやってる『月刊群雛』は、名前がまだあまり売れてないインディーズ作家……すなわち「雛」を集めて「群れ」にしてるんです。
みそ 定期的に書く訓練と、人に読んでもらうこと。その繰り返しで、成長ができますね。
―― まさに。そうやって頑張っているインディーズ作家に、何かアドバイスをいただけますか。
みそ 同じ雑誌で一緒にやってる作家の中で、自分がどういうふうにここから目立ってやろうと考えること。そうじゃなかったら、1人でやってたっていいわけですよ。できたらこの中で、てっぺん獲りたいと。『ジャンプ』の作家は、みんなそう思ってるわけで。
―― なるほど、なるべく前の方に載りたいという。
みそ そう。でも他の雑誌は『ジャンプ』ほどは戦ってないですよね。あの戦っているところが『ジャンプ』の熱気と空気と、作家を育てているのかな? って思うんです。仲良くやることもいいことですけど、それぞれぜんぜん違う方向で主張するのもいい。雑誌の持つ空気が、どっちなのかは分からないですけど。それはきっと、編集者が作っている方向性かもしれない。
―― そういう意味で言うと、『月刊群雛』はあまり色のない雑誌になっていると思います。というのが、この雑誌は「載せたい」と声を挙げた人から枠が埋まるスタイルなんです。
みそ あーなるほど、そこへ恣意的なものを加えていないってことですね。
―― はい、あえてそこは「やりたい」と言った人から載せる形にしてます。そして、入稿した順に前から並ぶ形です。
みそ そうかそうか、そういうルールなんですね。でも、最終的にはたぶん、誰かが選んでいくことによってしか色が出てこないと思うんですよ。1つの作品を載せるかどうかを選んだ雑誌は、ランダムに選んだ雑誌より編集の個性が反映されるわけで。「これが好き」「これが嫌い」って選んだ上澄みが集まっていくのが、その雑誌の方向性だと思うんです。
―― はい、そうですね。
みそ 自分自身もたくさんの読んだものによって成り立っていて、そのときの好きなモノや「あんなものを書きたい」「これはダメだ」って思いがなんとなく自分の中で無意識に集中していって、それが作家の個性になっていくじゃないですか。だから、もっとたくさんの人たちが「ここで書きたい!」って言って、「この人は面白いから、いつも載せる」「この人はもうちょっと頑張って」というのが出てきたときに、より雑誌が面白くなっていくのかな、って思います。
―― もう少し雑誌にカラーがあっても、いいかもしれませんね。
みそ あとは、その雑誌の中で、新しい読者を何人獲得できるか、ですよね。雑誌の読者のうち、何人が私の作品を面白いと思っているか? それがだんだん「この人だったら、新作にお金を出してでも読みたい」って、単行本を買ってくれる読者になる。熱狂的なファンを、1人でもいいから獲得していく。その繰り返しによって、最終的に読者を引き連れ雑誌から独立できるほどに。そうやって商業作家になれるような人が1人も出てこなかったら、きっとその雑誌で描いていてもしょうがないし。
―― 1周年くらいから、いろいろ変えていこうとは思ってます。
みそ きっといまは、雛を見るのが好きな人たちが読んでるんですよね。
―― そうなんです。雛を暖かく見守って欲しいという。
みそ であれば、別のところで見つけた「この人の作品、面白いよ」って人にも、ほんとは書いて欲しいですよね。いろんな新人に。
―― そうですね。
みそ こないだnoteで見つけたんですけど、山本さほさんという方が、高校生時代の同級生を漫画にした『岡崎に捧ぐ』というのを描いてて、これが非常に面白いんですよ。ど素人がいきなり6ページくらい出して、そのあとポンポンと更新して、いま10数話進んでるかな。友だちが結婚するらしいんですけど、その高校生時代に実家がゴミ屋敷で、って。こんなこと描いていいんかな? っていう(笑)
―― あ、それ僕も読みました。
みそ 面白かったでしょ? あの漫画、集めれば本になるよね。これからはそうやって世に出てくる作家も、いるわけですよ。山本さほさんの他の作品も、読みたいなーと思うし。いまは、この新人面白いなー! というのをいろんな人たちが集めていて、いろんなアプローチをしていると思うんですよ。むしろ、描きたい人はいっぱいいるけど、読みたい人はあんまりいないところが問題(笑)
漫画で儲けて学術書を赤字で出すなんて間違ってる
―― そういう意味では、集英社が投稿型の『少年ジャンプルーキー』というサービスを始めます。投稿作品が『少年ジャンプ+』に掲載されるという。これはすごいな、と思いました。
みそ 凄いですよね。みんなダンピングして、本来作家がもらう金額を減らしてでも、後から回収すればいいやってモデル。読者側にとっては嬉しいよね。でも、クオリティが達していないけど、タダだからいいやみたいなのが氾濫するのは、将来的にどうなんだろう? っていう問題はありますよね。
―― そういえば電子マンガサミットのときに、赤松先生が「KDPは誰でも出せるから、レベルの低い作品が増えますよね?」という指摘をされてましたね。
みそ 圧倒的に増えますね。まさに玉石混交。でもその大量の石の中から、光ったものを見つけるマニアックな人が何人か出てくればいいわけです。ランダムで拾い出すのではなく。僕は、ランダムにすると熱力学の法則と同じで、クズが溢れていくんだと思うんですよ。その中からある意志をもって拾い出して、まとめていく作業をしないと、作品はクズに近づいていくんですよ。あー怖い(笑)
―― 石を磨いて玉にする役割を、いままでは出版社が担ってきたわけですよね。
みそ ですね。それをいまは、読者も一緒になって磨いてる、みたいな。磨き方は甘いんだけどね。でもその中にすごくいい石があったら、いい加減な磨き方でも案外光るかもしれない。これまで出版社が「これは磨けない」って言ってたようなものも、「あ、こんな光り方するんだ!」ってなるかもしれない。バラエティーは増えますよね。
―― いま、出版社がどうしても商業主義というか、苦しいから売れる作品しか売らないという状態になってますよね。企画持ち込んでも、みんな蹴られちゃうみたいな話がよくあるじゃないですか。でもそれが「出版文化」を守るということなのか? って思うんです。結局、儲けることしか考えてないんじゃないか? みたいな。
みそ 出版社ってふた言目には「文化」と言いますよね。だいたいね、漫画で儲けておいて「売れない学術書を赤字でも出し続ける、これこそが文化です」って言ってるところが、ちょっと間違ってるわけですよ。数が売れないんだったら、1部2万円とかで出せばいい。
―― 確かに。ニーズがあるなら、高くても売れますよね。
みそ 例えば学校の先生だったら、出版することによるお金以外の価値があるじゃないですか。まあ、自費出版に限りなく近い。もう、そういう方向にならざるを得ないですよね。「商品」であるかどうかというものだから。漫画はまだ、「商品」として商売ができる。それはきっと漫画家が、ずっと安いなりの金額でやってきたからなんですよ。
―― なるほど。
みそ 漫画家って、やってる作業のわりに安いんですよ。20年前は、イラストレーターや物書きは、漫画より作業が少なくて、実入りがよかったんです。僕はライター上がりだからよく知ってる。イラストレーターは、1点描けば安くても5000円貰える。でも漫画はそれを何個描いて1ページ埋めるのって。1ページ全部埋めても5000円って、それじゃ成り立たないじゃん! って思うんだけど、それを成り立たせて描いてきたからこそ、いま安くてもいけてるんですよ。逆に言えば、ブラック企業だったからこそ、まだ漫画家は生き残ってる。いま、ライターがどんどん食えなくなってる。そりゃそうですよ。ただの人たちが、超安く書き殴ってくるから。
―― 1文字あたり0.1円みたいな話もありますよね。
みそ 読む方はもう、「どっちでもいいや」と思ってるわけ。そうすると、ごく一部の面白い物書きか、超安いところに二分化せざるを得ないですよね。漫画もいずれそういう、タダに近いような世界になっちゃうと思いますよ。紙の単行本が、まだいまは商売になってるけど、もうすぐ成り立たなくなる。
―― 磨く人も必要ですしね。
みそ それをいままでは出版社がやってたものを、より雑多で巨大なネットの海に放り出す。それでほんとうに作家を文化的に育てられるのかどうかは分からないですけど。読めるものはきっともっと増える。もっと簡単に描けて、もっと簡単に読めるようになるかもしれない。それはそういうものですよね。それが変化ですよ。
―― そうですね。例えば、漫画の枠線を引く作業が要らなくなったとか。
みそ 僕らはいま機械化によってかなり助かっていて、アシスタント数人分に匹敵するほどの能力がマシンにはある。でもきっともっと簡単になる。もっと自動化が進んでいって、写真撮ったらすぐにそれが漫画的な背景にできるようになる、って思っていたんですけど。10年待ってるのにまだダメですね。でも、自分が踊ったらそれが動画になって、アニメーション作らなくても踊るじゃないですか。
―― 踊ってくれますよね。
みそ あれくらいのエンジンを作ったら、漫画なんて案外簡単にできちゃうかもしれない。そうなると、あの吹き出しとコマ割りと面白い発想で、漫画は描けないけどこれまで小説を書いてたような人が、めちゃめちゃ面白い漫画を出してくるかも。それは読んでみたいな、お金を出してでも。
熱狂的な1000人からのリアクションの方がきっと満足できる
みそ 自動化のことを言うといつも反対意見として言われるんだけど、美術系の人って機械に自動でやらせるのが好きじゃなくて、点を一日中でも打つことができるんですって(笑)
―― わははは(笑)
みそ そういうのが好きな人が、あえて漫画家やってる可能性があるんですよ。スクリーントーンがないときに、ぜんぶ自分で点描しちゃうような人が。それを自動化しようとすると、「なんで僕の楽しみを奪うの?」くらいのことを言いかねない。
―― 「塗り」ツールでピッとやれば終わるのに。
みそ 「そこの味がね」って、あえてアナログにこだわるんですよ。自分で電子化する漫画家がなかなか増えないのは、これも原因かもしれない。「自動化なんてくそったれ」って思ってる人たちだから、電子があんまり好きじゃないのかも。
―― 職人、なんですね。
みそ そう。でも、スクリーントーンだって簡略化じゃん、って思うんですけどね。スクリーントーンの使い方って恐ろしいまでに発達していて、長くやってる人はものすごいノウハウを持ってる。スクリーントーンで写真のような背景を描く人たちの技術ってすごいんですけど、あれはトーンとザラ紙の印刷があって初めて生まれてきたものなんですよね。ああいう枯れた技術を使いながら、あとは強引に時間かけて作っていくのが好きなんですよ(笑)
―― (笑)
みそ これがね、もう、いかんともしがたい。僕みたいに描く時間をできるだけ減らしたいって思う人は少ない。ずっと描いていたい、これが赤松先生が言う「彼ら漫画描くの好きでしょ?」ってやつ。「飲み屋に行って、箸袋に描くんですよ。お金にもならないのに!」って。
―― まあ、お金にもならないのに、pixivやニコ静にはどんどんイラストがアップされてますもんね。
みそ そうそう、そういう人たちが、まさに「文化」なんですよ。タダでもいいから描けるっていう人たちが、面白いモノを発信していくと……まあ、プロに対して打撃を与えますよね(笑)
―― わははは(笑)
みそ でも、それこそが尊いことだと思うんです。そういう人たちを上手に操り、走らせ、儲けていた出版社は、まあ、厳しい状況になるでしょうね。
―― いまその役割を、pixivやドワンゴみたいな会社が担ってるわけですよね。
みそ そうですね。サーバー置いて、そこに自由に発表させる、と。
―― 出版社に代わりつつある。
みそ そこで、読者と作家の新たな生態系ができるかもしれない。いまはタダで読めても、5年後・10年後になったらきっと、お金を出してくれる読者に育っていくと思うんですよ。
―― 確かにそうですね。小学生くらいのときはお金ないから、『ジャンプ』をみんなで回し読みしてたわけですし。
みそ そうなんですよ。とにかくちゃんと読ませていけばいい。で、そこで読者と作者の関係さえできたら、お金なんて後でいいんですよ。その関係が崩れないようにすれば。雑誌がなくなっても、電子雑誌がそれを引き継いでいけば、なんとかなるかな? と思います。
―― それが1000人の村。
みそ そうです。自分の作品を「良い」と思ってくれてる、熱狂的なファンを開拓する。自分が描いてて楽しいと思うことを煮詰めていくしかないんですけど、そういう方々がたまたま1000人くらいいたらそれで食っていける。「もっとこうやったら売れるかもしれない」ってことを考えながら作品を曲げるより、先鋭的なものを描き続けていく方がチャンスがあるかもしれない。
―― 面白い時代ですよね。
みそ そういう作品を描くことが、許されるんですよ。そこで食うことは難しいかもしれないんですけど。でも、10万部売れたときに貰うリアクションより、熱狂的な1000人から貰うリアクションの方が、きっと面白くて満足できると思うんですよ。たぶん、描いたことによるお金以上に満足を戻してくれます。その満足は、次に描くエネルギーになるから、商売として成立しなくても作家としては成立しますよね。これって昔は、そんな趣味みたいなとか、オナニーみたいなって言われたんですけど、ぜんぜんそれは良いことだと思うんですよ。作品作るなんて、所詮そんなもんですから。
―― あははは(苦笑)
みそ 誰かが読んで面白いと言ってくれるものに対して注力する。それがたまたまたくさんいると食べられるけど、食べられなくてもいっぱいファンがいて付いてきてくれるってのはすごい喜びになるじゃないですか。そこのトータルは大きいですね。これこそ「文化」ですよ。
―― 確かにそうですね。
みそ だから、出版社はもう「文化」を担わなくていいんです(笑)
―― 言っちゃった(笑)
みそ ネットがこれから文化を担っていきます。ゴミとともにね(爆笑)
―― (爆笑)
みそ ああ、いい結論だ!
〈了〉
漫画家・鈴木みそさんへのインタビューなどが掲載されている『月刊群雛(GunSu)2015年01月号』は刊行リストか、次の表紙画像のリンク先からお求め下さい。誌面は縦書きです。