縦スクロールのオリジナル漫画が無料で読み放題のサービス「comico」の運営元であるNHN PlayArt株式会社comico事業部マネージャーの春木博史氏に、投稿作品が掲載される「チャレンジ作品」「ベストチャレンジ作品」と、「公式作品」へのステップアップなどについて詳しく話を伺ってきました。
なお、取材は2015年1月22日に行っており、数字関係はその当時のものとなります。冒頭に「800万ダウンロード」と言っていますが、2カ月後の3月10日には900万ダウンロードを突破しています。凄い!
めざせ! 公式作品・連載作家
―― 800万ダウンロード、おめでとうございます。
春木博史氏(以下、春木) ありがとうございます。
―― まず、comicoの仕組みについて確認させてください。comicoの掲載作品は、ウェブだけで公開される「チャレンジ作品」、一定条件を満たしアプリでも公開される「ベストチャレンジ作品」、そして、連載作家として「comico」と契約した「公式作品」というピラミッド型になっています。
春木 そうですね。
―― 「チャレンジ作品」は、誰でも1コマから投稿可能。モノクロもOKということで、登竜門的な位置づけです。
春木 はい、そうです。
―― いま、全体で作家の方は何人くらいいらっしゃいますか?
春木 1000人は超えていると思います。まだ1人の作家が複数の作品を出すような状態にはなってなくて、1つの作品を完結に向けて描き続けている方が多いです。
―― 「チャレンジ作品」はウェブのみ公開ですが、アクセス数やPV数はどのくらいなんでしょうか?
春木 具体的な数字は言えませんが、正直かなり少ないです。ウチのサービスがスマホ特化なんで、どうしてもそこは差が出ちゃいますね。
―― ウェブはモバイル対応してましたっけ?
春木 見られますけど、最適化しているわけではないですね。
―― あくまでアプリへ誘導するための入り口、という位置づけでしょうか。
春木 作家さんが、いろんな作品を発表したいというのがあるじゃないですか。イラストみたいなマンガを出したいとか。モノクロだけどとりあえずちょっとみんなに見てもらいたいとか。そういった方がウェブを利用している感じです。
「チャレンジ作品」のまま留まっている方が少ない
―― 「チャレンジ作品」が一定条件を満たせば、「ベストチャレンジ作品」としてアプリに掲載されます。その条件について確認させてください。
春木 はい、どうぞ。
―― 「comicoコンテンツガイドラインに沿った作品であること」は当然のこととして、「カラー原稿であること」と「各話15コマ以上が描かれていること」という条件が大きな特徴です。これは、pixivなど他の場所で公開していてもOKなんでしょうか?
春木 はい、問題ありません。
―― 初歩的な質問なんですが「1コマ」というのは、どういう単位なんでしょうか? 例えば4コマ漫画であれば分かりやすいのですが、ストーリー漫画の場合は、コマ割り次第でコマの大きさが変わります。例えば『ReLIFE』単行本1ページ目に、主人公が「でも……」と言われてギクッとするコマがありますが、これは1コマですか?
春木 そうですね。ウチは「コマを割らない」場合もありますから。
―― 縦スクロールで。
春木 例えばセリフだけがコマのあいだにある、とか。そういったのも、1コマ扱いになります。いろんな作品読んでいただくと分かると思うんですけど、「コマ入ってないじゃん!」って作品もあるんですよ。仕切りを入れずにずっと続けて描く方もいらっしゃるので、それを1コマって数えちゃうのはさすがに可哀想ですよね。
―― なるほど、では作品ごとに判断されているわけですね。
春木 ルール上は15コマをクリアしていればということになってますけど、判断できないものについてはこちらである程度の基準を持ってやっています。
―― 「チャレンジ作品」と「ベストチャレンジ作品」は、いま何作品くらいありますか?
春木 昨年末の時点で「チャレンジ作品」が539点、「ベストチャレンジ作品」が1477点です。完結作品も含まれます。レギュレーションをクリアすれば「ベストチャレンジ作品」になれるので、「チャレンジ作品」より多いんですよね。「チャレンジ作品」のまま留まっている方が少ないです。
―― 「ベストチャレンジ作品」から、ランキングなど読者の一定の人気を得て、かつ、comicoの編集部からスカウトを受けると、「公式作品」として原稿料が支給されるシステムになっています。
春木 はい、そうです。
―― 最初にそれが報じられた記事を見たとき、これは凄い! と思いました。新人の発掘や育成の機能を担おうとされているわけですよね。ちゃんと生活を保障した形で。
春木 そうですね。
―― その辺りについて、いろいろ突っ込んでお伺いさせてください。「公式作品」になった場合、comicoと契約を結ぶわけですよね? 専属契約になるんでしょうか?
春木 あー、そういうのは明かしてないんですよね。
―― なるほど……私はいま日本独立作家同盟というインディーズ作家の団体の代表をやっているんですが、実際に投稿者から「公式作家」という立場になったときに、他に描けなくなっちゃうのかな? というのを心配されるだろうな、と思ってお聞きした次第です。
春木 この先どうなるかは分からないですけど、ちょっといまは明かせないですね。
―― 分かりました。そうすると例えば「出版権は設定するのか?」といった細かい部分もお聞きしようと思っていたのですが……。
春木 作家個人との契約ですから、契約の当事者同士でしか知り得ない内容があるんです。なかなか踏み込んだ部分をお答えできなくて申し訳ないのですが。社員でも個別の契約内容までは知らない状態ですので。
―― その辺りが事前に分かっていると、もっと踏み込みやすいのかな? と思ったんですけど。
春木 すいません。
―― いえいえ。守秘義務ありますもんね。
「このまま続けてもダメだろう」という作品は読者の反応がなくなる
―― 原稿料は月20万円からで、プラス、インセンティブということになっています。これは、月産何枚くらいが条件なんでしょうか?
春木 ベストチャレンジ作品の規定が最低条件で、週に1話15コマ以上です。それが毎週続く形になります。ただ、作家は人気商売なので、作品が短いと読者が「物足りない」と感じてしまうんですよね。だから自然とそこには競争が起こって、更新1回あたりがだんだん長くなる傾向にあります。
―― 読者の反響があれば、もっと続きを描こうというモチベーションも出てくるでしょうしね。
春木 そうですね。物理的な制約がないってのもありますね。描きたいだけ描ける。短くしたければ短くてもいい。15コマ以上であれば。
―― 連載が終了した作品も既にいくつもあるわけですが、「作品が終わる」ことを決めるのは、どういう形なんでしょうか?
春木 一般的な編集部と、そこはあまり変わらないと思ってます。「このまま続けてもダメだろう」という作品って、良い方向にも悪い方向にも読者の反応がなくなってくるんです。ファンもできなければ、アンチもできない。
―― あー、なるほど……。
春木 そういう状況になってきたら、「作品を変えたらどうでしょうか?」という提案をします。もちろんそこで「いや、これからこういう展開になるから、もっと描き続けたいんです!」という作家がいれば、そういう方向で続けますし。
―― ケースバイケースということですね。
春木 はい。一般の漫画誌とあまり変わらないと思います。
―― 「公式作品」の連載が終了した場合、その作品そのものはどういう扱いになるんでしょうか? 連載終了した作品を、例えば他の出版社から出すとか、pixivにアップするなど、再発表することは可能なんでしょうか?
春木 そこも契約の話なので、基本的にはないしょです。ただ、調べていただければ分かると思いますが、いまのところ完結作品がよそへアップされてる事例はないと思います。でも、いろんなケースがありますね。
―― なるほど、ありがとうございます。
コミックはゲームと親和性が高い
―― いま公式作家が100人以上とのことですが、毎月20万円からの原稿料ということは、それだけで最低月2000万円以上。すごい投資ですよね。
春木 そうですね。すごいですよね。
―― 収益源は単行本とのことですが、現在3タイトルが単行本化、『ReLIFE』が1巻2巻合わせて40万部、1部650円だから……と、どうしても計算したくなってしまうのですが。サスティナブル(持続可能)なのかどうか、というところが気になります。かなりTV CMもやられてますよね?
春木 もちろん、紙の単行本というのもありますけど、例えばゲームに人を誘導したりとか。ウチは元々「ハンゲーム」などのゲーム会社なので。comicoは2013年にスタートした新事業ですから、ゲームの収益を未来の事業へ充てるという感じです。事業単体で見てしまうと、まだ投資先行ですけど。原資はゲーム事業です。
―― もちろんそれが将来的に回収できる見込みがあるから、投資されているわけですよね。
春木 そうですね。単行本化だけではなく、例えばつい先日「comico SHOP」というECサイトでのグッズ販売も始まりました。comicoが思い描いているビジネスモデルは、作品を単行本化する部分と、もう一つはIP(Intellectual Property:知的財産権) を活かして、グッズ化するとか、アニメ化するとか、実写化するとか、ゲームにするとか……ということを構想しています。
―― なるほど。コンテンツの出姿が、出版に限るわけではないですもんね。
春木 そうですね。ウチは元々ゲームの会社なんですけど、コミックってゲームと親和性が高いんですよね。
福利厚生にも力を入れてます
―― 「公式作品」からの単行本化について詳しく教えてください。例えば『ReLIFE』の発行所はカルチュア・コンビニエンス・クラブの関連会社でアース・スター・エンターテイメントになっています。
春木 そうですね。
―― ところが今後の発行予定には、PHP研究所、講談社、エンターブレイン、メディアファクトリーなど、いろんな出版社のお名前があります。
春木 はい。出版社様にも得意、不得意があるので、いろんなところにお話しを伺いながら話を進めています。
―― 介在する関係者が多いほど、どうしても収益配分は自然と小さくなってしまうのではないか、という気がするのですが、その辺りはもちろん織り込み済みなんですよね?
春木 そうですね。
―― 単行本が出た場合、作家に入ってくる印税の率ってどれくらいなんですか?
春木 わははは、それこそ言えないですね。
―― デスヨネー。一般的には10%とか……先日上場されたアルファポリスさんが確か、7%とか8%というのを公表されてて。
春木 ああ、それはシビアですね。まあ、%をお教えするのは無理ですけど、一般的な印税率と同じですよ。クリエイターを応援したいというのが根底にあるので、そこはしっかりと反映される形になっていると思います。
―― 公式作家に毎月20万円からの原稿料をお支払いしているわけですもんね。
春木 どこかの記事にも載っていたと思いますけど、福利厚生にも力を入れてますね。
―― 福利厚生というと、作家のための?
春木 例えば健康診断とか。なかなか個人の漫画家さんですと、受けられない方も多かったりして。その辺りを支援したりしています。業界的には、結構新しい事例みたいですね。
―― あー、やっぱりその辺りって、困られている方が多いですよね。国民健康保険が高い、とか。
春木 さすがにその辺りまでは、まだ手が回らないですけどね。やれるといいんですけど。ほんとみなさん大変そうなんで。
―― あ、そういえば赤松健先生が、日本漫画家協会に入ると「文芸美術国民健康保険組合」にも入れるようになるから便利ですよなんて告知されてましたね。
春木 そうですね。
―― なかなかまだ、知らない方が多いみたいで。
春木 ですよね。結構簡単に登録できるみたいですけど、みなさんあまり登録されてないんですよね。国民健康保険って上限がないから、どこまで上がるか分からないんですよね。
―― 儲かれば儲かるほど、むしり取られる、みたいな。
春木 そうなんですよね。
いろんな作品を見せたいこちらの思いと、面白い作品だけを読みたい読者のニーズがある
春木 なんだか、答えられないことが多くてすいません。
―― いえいえ。ただ、「インディーズ作家を応援する」立場として、ひとつお願いしたいことがあります。「チャレンジ作品」や「ベストチャレンジ作品」で頑張ってらっしゃる方々を、メディアとして応援したいという思いがありまして。
春木 なるほど。
―― ランキングのデータを、例えばウィークリーとか、マンスリーという単位でいただくことって可能でしょうか?
春木 あーなるほど、データで欲しいってことですよね。提供したいんですけど、どうなんだろう? 工数というか作業日数的にやれるかな。
―― なるほど。
春木 まあ、ランキングを見ていただいて、書いていただくってのが一番簡単なんですけど(笑)
―― まあそうですね(笑) ただ、週単位とか月単位で集計したものとなると、なかなかランキング見ただけでは分からないかな、と。
春木 「×月○日付けのランキング」みたいな感じでどうでしょう?
―― あーなるほど、それでいきましょうか。
春木 いろんな作品を見せたいこちらの思いと、面白い作品だけを読みたい読者のニーズがあって、なかなかランキングって難しいですよね。せっかくだから、なにかいいやり方を考えたいですね。
―― そうですね、よろしくお願いします。
春木 ランキングは、何かコメントとかあるといいですよね。ちょっと検討します。しっかり紹介してあげたいなあ。せっかく描いてもらってるんだし。チャレンジ作家さんってほんと凄いんですよ。涙が出るくらい感動できますよ。みんな、すごい一生懸命なんだもん。
ベストチャレンジ作品の質が上がってるんです
春木 実は、ベストチャレンジ作品の質が上がってきて、ものすごくありがたいんですよ。
―― 純粋に、インディーズの方からすると、公式作家になれば月20万円からというのは、すごく大きいと思います。
春木 描くことに集中していただきたいんですよね。もちろんアルバイトとか別でやられる方も中にはいらっしゃいますけど、できるだけマンガについて考える時間を増やして欲しいですね。だからといって、縛り付けるわけじゃないですけど。作家さんも「描くことに集中できる環境にいたい」という方が、多いと思うんです。
―― なるべく余計な他のこと考えたくない、というのはありますよね。
春木 やっぱり漫画家さんって凄いと思うんですよ。映画的なアングルを作ったりとか、ストーリーもそうですし。キャラクターを動かすというところもそうですし。
―― なんでも自分でやるわけですもんね。
春木 マンガって、いろんなエンターテイメントをすべて集約したものだと思うんですよね。ほんと、もっと価値があってもおかしくないと思うんですけど。まあ、そこから先は自分で人気を勝ち取っていただくとして、最低限のところはやらせていただきたいな、と。
―― 以前、鈴木みそさんをインタビューさせていただいたときに「漫画家はブラック企業だから生き残れた」っておっしゃってました。
春木 そうですね……続けるのがほんと難しいですよね。
―― 鈴木みそさんが昔、たぶん20年くらい前の話なんですけど、ライターで記事を書くとか、イラスト1点あたりの単価が、漫画家に比べると非常に高かったそうなんですよね。イラストなら1点最低5000円なのに、漫画は原稿1ページに全部コマを埋めて5000円、みたいな。そんなのやってらんねえよ! って最初は思ったそうです。
春木 そういう話、多いですよね。佐藤秀峰さんが描かれてる『漫画貧乏』とか。大変ですよね、漫画家さん。
―― そういった部分を、comicoさんが支えられているわけですよね。
春木 たぶんこれからの漫画家さんは契約のことも知らなければいけないし、そういうことをウチがやってあげられればいいですね。口約束で出版とか、いろんなことありますもんね。
―― あー、単行本出てから契約書が送られてくる、とか。
春木 過去いろんなことがあったって聞きますよね。そういういいかげんなことじゃ、今後はやっていけなくなると思うんですよ。昔はそれでうまく回ってた部分もあるんでしょうけど。
―― 記録を残さないといけないですよね。最低でもメールのやり取りを残すとか。
春木 そうですね。
―― 本日はどうもありがとうございました。